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こちらさんも帰国準備

  ついにパリで書く最後の記事になってしまいました。そして、今回は偶然にも記念すべき100回目の記事でもあります。今週の帰国に備えて、諸々準備をしておりまして、インターネット接続契約も大変面倒な解約の手続の途中なのですが、前倒しで(!?)トラブルがおき、接続できなくなってしまいました。いわゆるトリプルプレイ・サービスなので、接続が切れるとネットはもちろん、多チャンネル・テレビも電話も使えなくなります。それにしても、万事がサプライサイドの都合で動くフランスらしく、プロバイダ解約も大変です。メールを送ったらここに電話しろという返事が来たのでそうしたら、解約理由をしつこく聞かれた挙句(日本ではサービスをしていないので解約を承諾するしかないのですが))、この住所に書留で解約を申し出る手紙を送れといわれ、そうしたらここに電話せよという返事が来、電話すると帰国を証明する書類(航空券など)を送れというのでまた書留で送って…、という感じです。一般フランス人もこの辺は苦労しているようで、Q&Aサイトにはこの種の質問が結構出ています。また、解約の手紙の書式を掲載するサイトもあります。しかし、消費者・世論の圧力は弱いようで、各社軒並み解約のハードルをあげているようです。他分野と比べて競争が激しいように見えるこの業界でも、サプライサイドの論理は根強いようです。
 ところで、久しぶりに登場のうさぎのきょろさんも楽しく(?)フランス生活を過ごし、元気に帰国の運びとなりました。フランスではフランスらしく、バゲットが好物になり、1・2日たってカチカチに硬くなったバゲットの干物をかじり木代わりにかじっていました。

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 日本からこちらに来るときも準備は若干大変でしたが、今回はもっと大変でした。準備は大きく、航空会社の手配、フランス出国手続、日本入国手続の3つですが、まず、こちらに来るときと同様、うさぎの輸送を引き受けてくれる航空会社は限られています。今回は子どももいるので、行きに使ったルフトハンザではなく、直行便がよいということで、JALの名古屋便にしました。日本航空は引き受けてはくれるものの、条件が大変厳しく、特にケージの大きさや構造等に条件を付けてきました。それはそれでいいのですが、これに合うケージがほとんどなく(しかも数センチの差で条件に合わないもの多数)、結局日本から取り寄せることになりました。ルフトハンザは持ち込んだもっとずっと大きなケージを何もいわず引き受けてくれたのですが…。また、料金もルフトハンザより随分高いようです。
 出入国関係は、日本側は動物検疫所のサイトで親切に情報提供しているので、分かりやすいのですが、問題はフランス側です。サイトをいろいろ調べ、関係するであろう機関にメールで質問しても、断片的な情報しかえられず、全体の段取りがつかめなくて困っていたところ、ある日本人のブログにごく簡単に流れが書かれておりそれで全体がつながりました。ありがとうございました。
 フランス出国と日本入国に必要なのは、公的機関の発行した健康証明書なのですが、これは、まず近所の獣医に作成してもらい、これを公的機関に持ち込んで認証してもらうという仕組みになっているということでした。早速近所の獣医を予約して健康診断をしてもらいましたが、手慣れた感じで見てくれましたし、書式もすでにPCに入っているようで、大変スムーズに書類を発行してくれました(料金31ユーロ)。

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 そして、DDSVという日本でいう農水省関係の出先機関(パリ20区)に予約を取り、この書類を持ち込んで認証してもらうという手はずです。今日、朝から訪ねて行ったところ、あっさりと処理してくれました(無料)。フランス側の手続はこれで終わり(繋留などはなし)、あとは日本について2泊3日の繋留検査を受けるということになります。犬猫よりは全体に簡単な手続なのだと思いますが、情報不足などでこちらはこちらで苦労する面もあります。

ついに在外投票の機会が。

 こんにちは。今週のフランスは猛暑の日が続き、猛暑で多数の高齢者が死亡した2003年の轍を踏むまいと、政府も様々な対策を打っているようです。日本のうだるような暑さとは違い、日陰はそこそこ過ごしやすいわけですし、みんなでクーラーを買えばいいだけの話かと思いますが、そう単純には行かないようです。日本のメーカーにはチャンスだと思いますが、どうなのでしょうか。新興国向けの低価格機種なら売れるような気もします。
 ところで、フランス滞在の最後の最後になって、ようやく国政選挙の機会があり、今週は在フランス日本大使館まで投票に行ってきました。思えば、2007年10月に当地に来たのは、同年夏の参院選(なので2年の滞在中に参院選が無いことは始めから確実)の後、安倍首相が辞任し、福田内閣の成立して間もない頃で、近く解散総選挙があるのかと取り沙汰されておりました。在外選挙の資格も、3ヶ月以上住んでいないと得られないので、その間に選挙があるとせっかく話の種になる在外投票もできないのではないかと心配したものです。その後、在外選挙証も発行されましたが、今回まで使う機会もなかったところです。
 ということで、今回晴れて投票することができ、興味本位で行ってきました。在外投票の場合、投票用紙を日本まで運搬する必要があることから、直接投票においても国内の投票日よりも日程が早くなります。また投票期間も、在外公館によって違うようですが1日とは限らず、例えばフランスの場合、告示日翌日の19日から23日までとなっています。

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 さて、実際に大使館に行ってみると、いつも領事業務に使われているスペースの一角が仕切られて投票所となっておりました。まず、投票用紙の請求をするのだそうで、請求用紙と地元の選管への送付用の封筒に記入してパスポートと共に受付に提出すると、二重封筒に入った投票用紙が2枚(比例代表選挙用と小選挙区用)交付されます。その後、ついたてで仕切られたブースの中で、外側の封筒に氏名や在外選挙証番号を、投票用紙に候補者・政党名を記入し、封をして、別の窓口に提出します。担当者は外側の封筒の氏名等と在外選挙証の記載を照合し、その後、隣にいる立会人が外側の封筒に署名をして終了となります(以上の流れは、公職選挙法施行令第5章の2による)。
 平日の午前中にもかかわらず、また、前述のように投票期間が5日間に及ぶにもかかわらず、途切れることなく投票に訪れる人がいるのには驚きました。前回参院選のパリでの投票者数は500人ほどだったそうですが、今回はもっと多いのかもしれません。
 1998年の法改正で導入された在外投票制度は従来、比例代表選挙についてのみ認められていたところですが、以前の記事で紹介したような経緯から、2006年の法改正で選挙区選挙についても在外投票が認められ、2007年の参議院議員選挙から国内で投票するのと同様の扱いになりました。選挙区選挙については、国内の最終住所の選挙区の投票となりますので、私の場合京都1区になります。
 なお、以前の記事で引用した事件では、選挙に関する情報の入手事情の改善ということが重要であったのですが、在外有権者向けの特別の情報提供というのはほとんどなかったように思います。投票ブースには、各選挙区の候補者及び地区別の名簿届出政党の一覧を示したクリアファイル全3冊が置かれていました。それから、在仏日本人向けの無料新聞に一部の政党が広告を出していましたが、特に在外有権者向けの内容ではないようです。もちろん、インターネットで国内の報道や政党・候補者のサイト上の情報には接することが可能ですが、後者については、告示日以降は静かになってしまうのはご存知の通りです。
 在外邦人は約100万人、そのうち有権者は75万人ほどだそうで、最大の選挙区である千葉4区(有権者数約49万人)を大きく上回り、ちょっとした勢力といえそうですが、実際には在外選挙人名簿への登録者数は10万人程度で、前回の参院選の投票率は選挙区選挙・比例代表選挙とも約22%にとどまり、実際に投票の権利がある有権者数に対する投票者数で見た場合、投票率はわずか数パーセントに過ぎないそうです(http://www.faminet.co.jp/senkyo3/index.html)。
 なお、在外投票の方法としては、直接在外公館に行くほかに、郵便投票と一時帰国しての投票があります。郵便投票はまず地元選管に郵便で投票用紙を請求する必要があります。妻はこの方法でやってみることにし、8月上旬に請求用紙を送ったのですが、まだ投票用紙は届きません。果たして間に合うのでしょうか。

ご愛読ありがとうございました。

 といっても、今回が終わりではなく、もう少しお付き合いを頂きたいと思います。さて、このささやかなブログを始めて2年近くたちますが、今回で98件目の記事となり、また、約5万5000回もご訪問を頂き、大変感謝しております。そこで、今回はどの記事をよくご覧いただいたのか、振り返ってみたいと思います。閲覧回数の点では上位3件(特に上位2件)が圧倒的ですので、この3件を中心にもう一度ご紹介したいと思います。
 まず第3位は、「ジャパンエキスポ(JapanExpo)2008」(2008年7月6日)でした。これはパリ郊外で毎年開かれている日本のポップカルチャー紹介イベントで、近年は大変多くの観客を集め、フランス内でも有名になりつつあります。実際に出かけてご報告した2008年のイベントは13万5000人の入場者があったそうですが、2009年は16万4000人(いずれも4日間)もの入場者を記録したということです。2009年は個人的には見に行っていませんが、開催予定を紹介したジャパンエキスポ2009も多くの閲覧をいただきました。
 また、フランスで日本はどのように見られているのかという同様のテーマには、関心が大変高いようで、公共放送フランス2で放送された日本特集番組を紹介した回(「テレビの日本特集番組」(2008年7月12日)も多くの方にご覧いただきました。そこでリンクした当該番組のサイトでは、今でもこの番組を見ることができるようです。
 第2位は、「世界大学ランキングとフランス」(2008年8月23日)。いわゆる「上海ランキング」では、フランスの大学の成績が振るわないこと、それに対する国内の反応などを紹介したものです。大学ランキングは日本でも大変関心が高いこともあってか、多くのアクセスを頂きました。日本でもフランスでも、個別大学のこの種のランキングに対するスタンスは様々でしょうが、その後関係のできたシアンスポ(パリ政治学院)では、学長自身がランクを上げることを公然と掲げ、ダイナミックな改革を展開しているようです。関連して、「ヨーロッパ大学ランキング」(2008年11月29日)にも多くの閲覧をいただきました。
 そして、第1位は、「子どもの名前ランキング」(2008年9月20日)でした。フランスでも日本と同様、その年に生れた子どもに付けられた人気の名前のランキングが毎年発表されていること、やはり日本と同様、流行の名前というものがあること、しかし、フランスでは古典的な名前も割と上位にいたり、リバイバルしたりすることがある点が日本と違うことといった内容でした。検索ワードを見ると、専ら女の子の名前に関心が持たれているようですね。日本では、今や男の子よりも女の子が欲しいという親(特に母親)が多いそうなので、それと関係するのでしょうか。
 ところで、上位3件からかなり離されての4位は、「フランス語のスペルチェックをするには?」(2009年1月17日)で、同じ問題を抱えた方々が多かったのでしょうか。また、フランス語関連では、「フランス語マスター法――エシャンジュ体験記(下)」(2008年2月23日)も比較的アクセスが多かった回です。こちらが途中から忙しくなったこともあり、エシャンジュはその後あまりしなくなったのですが、それでも1人とは交流が続いています。
 最後に、本業の憲法関係では、残念ながら人気記事はあまりなかったのですが、「50歳を迎えた第五共和制憲法」(2008年10月12日)、「憲法改正上下両院合同会議(コングレ)傍聴記」(2008年7月26日)の2件が比較的多くの方に見ていただいたようです。2008年7月23日の憲法大改正ですが、その後1年以上たって、施行のための法律も少しずつ整備されてきました。他方で、目玉の一つである違憲審査制の改革など、まだあまり進展していないものもあり、完全施行まではまだしばらくかかりそうです。

デュギー生誕150周年

  こんにちは。突然ですが、京都大学法科大学院では、9月19日(土)14時より、東京・品川で入試説明会を行います。ご関心のある方は、是非おいで下さいますようお願い申し上げます。詳しくはこちら。 
 ところで、今年2009年は、フランス第三共和制の代表的公法学者であるレオン・デュギー(Léon Duguit、1859-1928)の生誕150周年にあたります。デュギーは1859年2月4日、ボルドー近郊のジロンド県リブルヌに生まれました。ちなみに、このあたりも当然ワイン生産が盛んで、近くにはポムロールやサンテミリオンといった著名産地もあります。さて、デュギーはボルドー大学法学部を卒業後、1882年、24歳の若さで教授資格試験に合格し、カン大学に赴任、86年には母校に戻り、以後ボルドーを拠点に活躍します。その令名は海外にも知れ渡り、数多くの海外でのミッションをこなしました。アルゼンチンやアメリカ等での講演旅行や、とりわけ、エジプト大学法学部の創設に当たり指導力を発揮し、1925年から翌年にかけて初代学部長としてカイロに滞在しました。そのときの講義録が、生誕150周年を記念して今年中に翻訳が出版されればいいなと思っている『一般公法講義(Leçon du droit public général)』であり、後述のようなデュギー公法学のエッセンスが簡潔に展開されている貴重な書物です。
 第三共和制(1870-1940年)は、フランスの憲法・行政法の研究水準が大変高まった時代であり、日本でも宮沢俊義など代表的な学者に大きな影響を与えました。デュギーはこのようなフランス公法学の黄金時代を代表する学者の一人であり、戦前にはいくつもの著書が日本語に翻訳されています。実際、この時期には優れた公法学者(私法学者もですが)が数多く登場し、独創的な理論を展開しました。デュギーはその代表的存在の一人であり、主権や権利といった法学の基礎的概念そのものを否定し、実証主義や社会連帯論に基づき壮大な独自の法体系を築きあげました。
 もっとも、このような主権、権利否認論は、その結論のあまりのラディカルさゆえに大方の支持を得るに至らず、後世への影響力は限定的であるといわざるを得ませんが、ラディカルな主張により従来疑いもなく受け入れられていた観念の再考を迫った点は重要だと思われます。他方、これら以外の側面について、デュギーの多元的国家論的な主張は、フランスの「一にして不可分の共和国」という伝統的ドグマの見直しの文脈で改めて注目する必要もあるかと思われます(実際、近年、その主要著作のほとんどが復刊されています)。
 個人を記念するイベントの大好きなフランス人ですが、前段落前半のような事情からか、今回の150周年はそれほど盛り上がっていないようです。しかし、デュギーの本拠であるボルドー大学で、今年の5月29・30日に大規模なシンポジウムが、またそれにあわせて写真や遺品等の展示会が開催されました(詳しくはこちら)。見に行ってみようとも思ったのですが、その頃はシアンスポの講義に追われ果たせなかったのは残念です。このシンポジウムでは、今や売れっ子憲法学者となったオリヴィエ・ボー、オリヴィエ・ジュアンジャン両教授が報告しているほか、英国、スペイン、イタリアからの報告者が各国でのデュギーの影響(実際、デュギーの作品の外国語訳は多数に上り、当時のフランスの憲法学者の中では突出していたのではないでしょうか)を紹介しており、なかなか盛大な集会だったものと思われます。
 2年後の2011年には、やはり第三共和制を代表する憲法学者で、日本にも大きな影響を与えたカレ・ド・マルベール(Carré de Malberg)の生誕150周年がやってきます。おそらく、それを記念してストラスブール大学辺りでシンポジウムが開かれることでしょうが、このように折に触れて過去を振り返るのも有益なことかもしれません。


生まれました

 こんにちは。もう8月ですね。いよいよ帰国まで1月ほどになりました。このブログでお目にかかれるのもあと数回になりました。
 ところで、7月28日夜、パリ西郊セーブル市の病院で長男が無事誕生しました。セーブル市はパリとヴェルサイユの間にある割りと落ち着いたベットタウンですが、何と言っても磁器のセーブル焼で世界的に有名なところです。市内はセーヌ川のほとりに、国立陶芸美術館があります。まだ見学していないのですが、建物(下写真)から判断するにかなり大規模なもののようです。また、市内には国際度量衡局というものがあるようで、メートル原器とキログラム原器が保管されているそうです。見学できるなら見てみたいですね。

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 さて、フランスに自発的に来る日本人は圧倒的に女性で、フランス人と結婚されて出産される例も多いためか、フランスでの妊娠・出産体験を綴ったブログ等はすでに多数あり、我々も参考にさせていただきました。ここでは、私が担当した事務・行政手続等の関係で気づいた点を記しておきたいと思います。
 フランスでは日本とは異なり、妊娠・出産の場合にも公的医療保険が適用されます。さらに、通常の病気に関しては日本と同様、医療費の一定割合の自己負担があるのですが、妊娠出産に関しては、100%カバーされることになります。妊娠後に加入した場合でも、出産そのものについては通常通り100%カバーされます。
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 ただ、注意すべきは100%の意味です。フランスでは、いわば公定料金のほかに、各医師がかなり自由に料金を設定することができるようですが、100%カバーされるのはこの公定料金に対してで、残りは自己負担です。我々は途中で産婦人科を代えたのですが、妊婦検診は最初の医者は1回50ユーロでしたが、後の方は1回65ユーロでした。ところが、公定料金は20数ユーロのようです。いずれも特別なサービスがあるわけではなく(もっとも、後の方の医師は日本語ができるので、特別といえば特別ですが)、普通のところでしたので、公定料金でやっているところはむしろ少ないのではないでしょうか。このように乖離があるので、フランス人は一般にミュチュエルという半官半民の保険(制度の枠組は国が決めており、実際のサービスは民間事業者が提供。日本で言うと自賠責に近いスキームなのでしょうか)に加入して、公定料金と実際の料金の差額をカバーしているようです。
 このシステムそれ自体は良いと思うのですが、フランスでも医師の広告は規制されているので、行って見ないと当該医者の料金が分からない点は不便です。待合室には料金が掲示してありますし、おそらく電話で聞けば教えてくれるのでしょうが、ネットで比較検討したりできないのは不便です。日本の場合、(産婦人科は別として)、原則としてどこでも料金は同じはずなので、広告規制があっても実際の不便はあまりないですね。
 それから、フランスの出生率が高く、少子高齢化の問題を抱え、にもかかわらず産婦人科が不足しているという日本ではフランスをモデルに、という声もあるようで、フランスの出産事情は大変すばらしいようにも思われているようですが、フランスでも必ずしも産婦人科事情が良いわけではなさそうです。妊娠したらまず産院の予約をせよといわれ、早速パリ市内の産院を予約したのですが、手違いでリコンファームが遅れたところ、何の連絡もなく容赦なく予約を取消され(抗議するも万床だと言われかなわず)、その後パリ市内の産院を何箇所も回ったのですがどこも一杯といわれ、ようやくセーブルの産院にたどり着いた次第です。ここはパリでおそらく唯一の日本語のできる産婦人科医(前述)がおり、ここそのものには(若干遠いこと以外は)不満はないのですが、パリ市内のキャパシティはあまり高くないようです。

 

 


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